Namiheyhey’s blog

アメリカの大学院で勉強中

貯金ゼロになって借金ができても大丈夫。

 

3年間働いて貯金 → 2年間かけてMBAを取得 → MBAは取得できたけど、無一文どころか貯金が足りなくて奨学金を借りたので数百万円の借金ができた。

その後、海外に勤務して奨学金を返済すると同時に、頑張って貯金 → 英語以外の語学ができると今後アフリカでの仕事の幅も広がるだろうと考え、フランス語習得のために1年間フランスに私費留学 → フランス語は身についたけれど貯金は底を尽き、またもや無一文に。

 

そして今回。

私が通うアメリカの大学院の学費は1年間に500万円かかる。2年間かけて公共政策の修士号を取るので、学費だけで1,000万円。これプラス2年分の生活費が500万円くらいとして、ざっと計算して合計で1,500万円の投資。しかも、この間は無職になるので、貯めた貯金だけではとても全てをカバーできない。またもや奨学金を借りるか借金するしかない。

私が半年前まで勤めていた会社が学費を全額支払ってくれるという話もあったけど、その場合、大学院卒業後はその会社で最低でも5年以上働くこと、という制約が発生する。今回の大学院進学は、アメリカで新しい仕事にチャレンジするためのステップアップの手段でもあるのだから、元いた会社に縛られるのであれば本末転倒なので、もちろん断った。

 

これまでの人生を振り返ると、

自分への投資 → 無一文(むしろ借金)→ 借金返済と貯金 → 貯まったお金で自分への投資、を繰り返してきた。

私の親から見ると「綱渡りのような危うい人生」らしい。その意見は分からないでもない。だけど、イソップ童話に出てくる「アリとキリギリス」のキリギリスのような生き方だと言われると、それはちょっと違うだろうと思う。確かに、キリギリスのように好きなことばっかりやっているという点では同じだけど、むしろ人生における冬の時期が到来しても凍え死なないように準備(スキルアップ)してるんだから、アリの方だよね?

で、結果はちゃんとついてくる。幸運なことに、投資した分だけスキルアップしていくので職に就くのに困らないし、投資後は転職して仕事で稼げる額がアップするのできちんと投資額も回収できている。一旦ゼロになった貯蓄もまたいつの間にか増えていく。

 

もちろん私だって、一時的とは言え無一文になるのも借金するのも嫌だ。ころころ転職しているから、もし次どこも雇ってくれる会社がなかったらどうしよう、と思うと怖くもある。そういう時はふと、全く別の人生を想像してみる。終身雇用の会社で生涯働いて、毎日電車に乗って通勤して、そのうち結婚して、子供を生んで育てて、マイホームを買って・・・。そんな平和な生活を送るのも一つの生き方だと思うし、それはそれで素敵かもしれないとも思うけど、私にとっては安定して先が見える生活というのが最も怖いものであり欲しくないものなので、やっぱり仕方がない。

 

お金の使い方って本当にその人の生き方を表していると思う。

人の価値観なので全く批判する気はないけど、たとえば私の友人は良い車に乗りたいと言って、自分の収入に見合わない車を買ったりする。「親がクラウン買ったら絶対毎日乗るのにな〜。」と言っているのを聞くと、この人は良い車に乗ることで人に自慢したり優越感を味わいたいのかなと考えてしまって、そんなところに自分の価値を見出そうとしていることに興ざめしてしまう。

逆に、倹約家なのか何なのか、一緒にランチやディナーに行って値段ばかり気にする人もつらい。ちょっとしたランチに行って、「ランチで2,000円も使うのって勇気いるわ〜。」とか言われるとこっちも楽しくないので、良いよ、私が払うよと言ってしまう。

あと、お金を貯めること自体が目的になっている人。これもよく分からない。お金を貯めて将来マイホームを買いたいとか、子供の大学進学に備えるとかなら分かるけど、貯めること自体に喜びを見出しているのを見ると、貯めた先に何があるの?お金は使うためにあるんじゃないの?死ぬ時はお金なんて持って行けないのに?と思ってしまう。この知人は、iPhoneの充電器が壊れた時、新しい充電器を買うのが勿体ないと言って、同僚にローテーションで充電器を借りまくっていた。人に借りなければ充電できないという不自由な選択をしなくても(しかも貸す方も迷惑を被るのでルーズ・ルーズだ)、大したことない金額を出して充電器を買えばいつでも充電できるという自由が買えるのにな(しかも誰にも迷惑をかけない)、と思った。

 

金は天下の回りもの。

途上国で働いている時は、その国の経済状況が少しでもよくなってほしいから、お金はケチらずにバンバン使う。1,000円で売っているものを2,000円で買うとか、騙されても良いから高く買うとか、そんなことは馬鹿らしいのでやらないけれど、たとえば雇っているドライバー(自分で運転しちゃダメと会社から言われていたのでドライバーを雇っていた)へのお給料は、きちんと仕事をしてくれれば相場よりずっと多く払っていたし、それがドライバーのモチベーションになっていたから、そんなところでケチろうとは思わない。でも、周りの同僚や友人を見ると、みんなドライバーのお給料をできる限り低く抑えようとしたり、買い物する時は1円でも安く買おうと値切ったり、結構お金にシビアなのだ。ちなみに、野菜や果物を買う時に値切る交渉をするのが楽しいのだとみんな言うけれど、正直これも謎。相手が明らかに吹っかけていれば話は別だけど、そうでなければ言い値で買う。そもそも、途上国に赴任しているのは多かれ少なかれその国の発展に貢献するためなのだから、お金を落とすことがその国の人々のためになるとは思わないのだろうか?これも家庭を持っている人と持っていない人(=私)の違い?

 

私だってもちろん、エステに行ったり旅行したり服を買ったり美味しいものを食べたり、自分の好きなことにもそこそこお金を使っているけれど、肝心なところでドカーンと投資するお金の使い方は間違っていない、と自分で思っている。豪華な家や車は要らないけれど、自分のスキルアップになることには惜しまずに投資する。大学院進学にしても語学留学にしてもそう。だから、貯金ゼロになってもまた貯められるし、借金ができてもちゃんと返済できる。今回もきっと大丈夫、と自分に言い聞かせるためにブログを書いてみた。